「私のこと、本当に好き?」

 

不安に駆られて口にした瞬間から、相手の答えを聞くまでもなく、不安が毒のように全身にまわるのを感じます。

 

後悔することは知っていました。そもそもそんな質問をすることは子供じみているし、過去に同じ質問をした時の後悔が蓄積していて、口にした瞬間、後悔がまとまってできた暗い穴に飲み込まれそうになります。

 

私はどんな答えをもらっても腑に落ちないのです。返事はいらない、と早くも矛盾した気持ちを頭の中で喋る私に、優しい人たちは教えてくれます。

 

文章を書くところが好き、とか、顔が好きとか。困ったように、「わからない」と答える人もいます。

 

容姿や文章を好いてもらえるなんて、とっても嬉しいことなのに、私を最も安心させるのはいつでも、「わからない」という答えです。

 

私は特別きれいではなくて、道で誰かに振り向かれるようなこともありません。美しい人はたくさん存在しているし、文章だって、もっと素敵で、誰かの役に立てるような言葉を書ける人が数え切れないほどいます。

 

でも、私を好きな理由が「わからない」なら、私よりも優れている誰かに取って代わられてしまうこともないのかもしれないと安心できるのです。

 

私は心のどこかでずっと、自分をいい人間だと思えずにいます。それなのに、「代えのきかない存在」だと言われたら、私の不安はますます深まってしまうはずです。求めていたはずのその答えには納得できない自分に、きっと気がついてしまうからです。

 

質問の答えを明確に答える人は、素直で誠実だとわかっています。それでも「わからない」という答えが、私にはどうしても誠実に響いてしまうのです。すごく真剣に考えて、答えてくれたように。まるで言葉では言い表せないといった風に。

 

ずっとそう感じていたけれど、しかし、聞く人によってはいい加減な答えに聞こえるかもしれません。そのことを思いついた時は、少し衝撃的でした。好きなところが「わからない」と言われたら、「何かしらあるでしょ」と思う人もいるはずなのです。そういう人と、私には大きな感覚の差があります。

 

 

たしかに自分と全く同じ人間は誰もいません。つまり、誰かにとって私が唯一無二の存在になることがあり得るのです。理屈ではわかっているのに、誰かを特別に思った経験もあるのに、私自身がそういう存在になれることが、まだどこかで信じられません

相手からの返事の真意や誠実さはさておき、わからないと言われたら「何かしらあるでしょ」と思える人のほうが、顔が好きと言われたら、「可愛いでしょ」と信じられる人のほうが、明るくて、幸せで、相手にも失礼じゃありません。

 

私が本当に、「私のこと好き?」と問い続けなければいけないのは、他の誰でもなく私自身なのでしょう。私が叶えないといけないのは、誰かの特別になることよりも先に、自分を特別扱いできるようになることなのです。

 

そうしたら、誰かの特別になれるのでしょうか。頭ではそうなるような気がするけれど、気持ちがまだ追いついていないので、そのことに気がついた今がスタートラインのような気がしています。

 

(姫乃たま)

 

 

 

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